花園アレイの屋上には20種類以上のハーブが植えられた「ハーブガーデン」があります。このハーブガーデンを整備し、ハーブを用いたワークショップやイベントを主導してくださっているのは、アーティスト/プランツディレクター/博士(農学)の鎌田美希子さんです。ご自身の博士論文の研究にもハーブガーデンを活用されたという鎌田さんの活動内容や、植物と生きる価値、花園アレイにおけるハーブガーデンの役割などをお聞きしました。
モノとして消費される植物への違和感
──緑化事業、研究、アートと様々な領域から植物に関わる鎌田さん。活動領域はどうやって広がったのでしょうか。
最初に始めたのは、オフィスの緑化事業です。小さな頃から植物が大好きで、大学院まで進学して、植物の遺伝子の研究をしていました。卒業後、土や緑が少ない東京のオフィス街で働くことに、少しずつ息苦しさのような感覚を抱くようになりました。
コンクリートジャングルの中にいるのが辛いのもありましたし、何より、多くの人が植物に興味を持っていないことに驚きました。それまでは植物を好きな人に囲まれた環境にいたので、多くの人が樹木のことを「草」と言ったり、花が咲かない植物を「花」と呼んだりするのを聞いて、植物への興味が低いことにショックを受けたんです。また、街や空間づくりをする人が自然環境や植物に興味がないからこそ、土や植物が育つ場所の少ない都市環境が生まれているのかもしれないと感じました。
その最たる例が「オフィス」だと考えたんです。そもそも窓が開けられなかったり、1日中屋内に籠りっぱなしのため、人間以外の生物との接点がないことは珍しくありません。当時の自分が人間らしさや楽しさを取り戻すためには植物が必要でしたし、多くの働く人たちの充実感や幸福感を増すためにも重要だと考え、空間緑化を学ぶ講座に通いました。そして、フリーランスでオフィスの緑化事業を始めました。
──緑化事業から再び研究の道に進むまでにはどのようなきっかけがあったのでしょうか。
これまで何度か植物ブームが到来しましたが、それは会社のオフィスに浸透するほどではないと感じていました。
例えば、数年前にサボテンブームがありました。サボテンは、基本的には外でしか育たない植物ですが、水いらずで室内で育てられる植物として売り出されました。私のところにも、大きなサボテンをオフィスに入れたいというお話をいくつかいただいていました。ただ、正しい知識がないままオフィスに取り入れる方々も増えた結果、サボテンが枯れてしまう状況が多発していたんです。植物がモノとして消費されていくような気がして、見ているのがつらかったです。
そこで、植物を育てる手間をかけずに室内緑化できる製品を考案しました。「たにくっしょん」という、多肉植物たちのユニークなカタチや魅力を再現したクッションを販売したんです。本物の植物は外で育てて、室内はクッションで緑化しましょう、というコンセプトで、ありがたいことに多くのメディアにも取り上げられました。
植物ブームの度に、植物を好きになる人が増えている感覚はありますが、大規模な予算をかけてまでオフィスを緑化する企業は大企業に限られているようです。また、植物の効果は感覚的なものと考えられていたため、良い家具を買ったほうがマシだと言われたこともあります。
どうやって植物の価値を伝えればいいのかと悩んでいたときに、ヒトに対する植物の効果について研究している大学の教授に出会いました。植物が人に与える影響については、これまでも「園芸療法」「森林セラピー」などを中心に、科学的な研究が進められてきましたが、それらを、オフィスや都市空間でどう取り入れられるのか、自分も研究の道に進みたいと思い、博士課程に入りました。
植物を見るだけでなく関わる人を増やしたい
──花園アレイでワークショップと研究に関わるようになったきっかけは。
花園アレイができるときに、ハーブガーデンを作るお話を聞いていました。1年ほど経ってハーブが多く茂ってきたところで、それらのハーブを活用できないかと相談をいただいたんです。そのときはハーブが植えられていて、鑑賞できる状態でしたが、入居者のみなさんでハーブティーを作ったり、食事に使ったり、ハーブガーデンが花園アレイのコミュニティに貢献できるような場所へと昇華させられたら素敵だろうなと感じました。
さらに、せっかくなら、ヒトと植物の関わりによって得られる効果の研究も実施できたらと思い、実験を計画し、データを取らせていただくことになりました。
──ハーブの植え替えをする上でこだわった点はありますか。
日常的に使いやすいもの、言い換えると食用で使いやすいものを増やしました。ミントや和ハーブのシソ、バタフライピーやバジル、ステビアやレモングラスなど、普段の料理で使いやすいハーブです。食べるという関わり方はハーブと私たちの日常生活との強い結びつきを生みます。ハーブが景観として楽しまれるだけでなく、人の生活に寄り添うというか、もっと身近になればいいなと思っています。
──花園アレイではどのような研究データを集めているのでしょうか。
被験者となってくれた方がハーブを摘み取ることで、心理状態がどう変化するのかを研究させてもらっています。具体的には、月に2回ハーブを摘み取るワークショップを行い、その前後で心理状態や主観状態がどう変化するのかを調査しました。また、これはまだ仮説段階ですが、植物への愛着が強まるほど、植物の効果を一層享受できるのではないかと考え、植物への愛着に関するアンケートも行いました。
──見るだけでなく、植物と関わることに効果があるのではという仮説は、どこから生まれたのでしょうか。
私の主観も入っているかもしれませんが、植物を好きな人って、ただ見るよりも育てることが好きな人が多いと思うんですよね。生き物だとして認識している方が多いように感じます。ともに生きている生き物同士という感覚を持っているからこそケアしたくなるし、そこに結びつきというか、愛着が生まれるというか。過去の研究でも、オフィスの中で自分が好きな植物を選んで世話をしたほうが、リラックスできたり生産性があがったりと、いい結果が得られたというデータもあります。
植物がモノと違うのは、変化すること。その変化に気づいたり小さな成長や違和感を感じたりするのはすごく大事なことだと思います。巷にあふれるかっこよくデザインされたものとは違う良さがあって。美しい形もあれば、歪なものもあるし、どんどん変化していきますから。綺麗だったものが汚くなっていく生命の本質も知ってもらいたいと思っています。今って、あらゆるものにキレイさや整っていることを求める人が増えていると感じます。ずっと変化しないまま綺麗でいることを望む風潮もあります。でも、自然って本来はそんなものじゃないんですよね。自分の体も、もし森の中で死んだら虫や微生物によって食べられたり分解されて、臭くなって、汚くなっていく。それが生命の本質です。そういった部分も自然の一部であり、自分の一部であるということに気づいてもらえるような表現をしたいと考えています。
都市の中にある生態系として
──ハーブガーデンにはどのような可能性があると思いますか
屋上のハーブガーデンから見える夕日がすごくきれいなんですよ。周りに高い建物がないので、夕方に空を見るだけでも本当に感動します。東京でもこんなに美しい空が見られるんだって思います。鳥や虫も来るので、都市のコンクリートで出来たビルの屋上にあるのに、1つの自然の生態系のようなものが生まれていて、とてもポテンシャルを感じます。
あとはやっぱり、ハーブを摘みに来たり、屋上を利用する人同士がコミュニケーションを取るきっかけとなっていることがデータからも証明されました。同じビルにオフィスを構えていても、意外と顔を合わせる機会がなかったりするので、コミュニティが育つ場所として、すごく良いと思います。
ー鎌田さん、ありがとうございました!
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