“多様な人が集まる”をどう活かすかが鍵。起業の一歩目の場所としての可能性
- 龍男 島田
- 1月16日
- 読了時間: 6分
メンバーの軌跡を残す「花園アレイアーカイブズ」。今回は、軽井沢と東京の二拠点生活をする中で、花園アレイを活用いただいた神田淳希さんをご紹介します。神田さんが創業したREDGE CAPITALでは、世界で通用するポテンシャルのある地域企業をM&Aし、企業価値を高めて外貨を稼ぐ事業を行っています。二拠点生活の実践者が語る、事業への想いと花園アレイで過ごした体験を聞きました。
入居時期
2021年〜2024年
「アウトバウンド型」の総合商社へ
── まずは、現在取り組まれている事業について教えてください。
私たちは、世界で通用するポテンシャルのある地方の企業をM&A(合併・買収)して経営改善を行い、地域全体の価値を高めていく事業を行っています。目指している姿を一言で表すと「アウトバウンド型の総合商社」です。
かつての日本の総合商社は、海外に投資をしてパイプラインを作り、日本に必要な資源や物を輸入することで国力を上げてきました。しかし、人口減少が進み国内需要が縮小していくこれからの日本においては、逆のアプローチが必要です。つまり、日本の魅力的なコンテンツに投資をし、それを海外に売って外貨を稼ぐビジネスモデルです。
これからの時代、海外で通用するのは、日本の歴史や文化に裏打ちされた産業だと考えています。食、観光、エンタメなどがその代表です。東京や京都だけでなく、まだ世界に届いていない地域の観光資源を発掘し、プロデュースしていく。そうすることで地域に産業と雇用を生み出し、持続的に発展する分散型社会を作りたいと考えています。
その第一歩として、私自身が移住した長野県・軽井沢で、貸別荘事業を行う会社を第一号案件としてM&Aし、経営を行っています。

二つの事業体で入居した「花園アレイ」
── 花園アレイに入居されたきっかけを教えてください。
実は、現在のREDGE CAPITALの構想より少し前、2021年頃に「アートワイン」という事業を始めて、場所を探していた時に出会いました。一般の方向けに「ワインを飲みながらアートを描く」というワークショップを定常的に開催する場所として、花園アレイが適していたんです。
その後、自身が取り組みたい事業を探す中で、REDGE CAPITALの構想が固まり、そちらのオフィスとしても入居することにしました。
当時、私はコロナ禍を機に軽井沢へ移住していたのですが、ビジネスを進める上で東京の拠点も必要でした。場所選びは極めて実利的でしたね。軽井沢からの新幹線は上野駅に停まります。上野から近く、移動のロスが少ない。さらに、インターン生として採用したい東大生たちにとって、キャンパスからアクセスが良い場所であることも利点でした。
もちろん、単なるビルではなく「スタートアップやテックを絡めて地域を盛り上げる」というビジョンに共感し、自分たちもその一部として貢献できれば面白いな、という期待もありました。
得意な領域で日本に貢献したい
── 自身が取り組みたい事業を探していたとのことですが、どういう背景から、新事業の立ち上げを考えるようになったのでしょうか?
新卒の時から「本当にやりたいことが見つかった時に、それを実現できる実力を持った状態でいたい」という考えがありました。
私は大学時代、アメフト部の主将を務めていたのですが、歴代の主将は総合商社へ就職するのが王道でした。周囲からも当然そうするだろうと思われていましたが、私はどうしてもその道に心が躍らなかった。自分のやりたいことが明確でない中で「君は明日からこの仕事ね」と言われた仕事には、納得感をもって力を注げないと思ったんです。であれば、事業を実現する力をつけようと思い、コンサルティングファームに入りました。
その後ベンチャー企業を経て2020年に独立しました。コンサルタントとしていくつかの事業に関わりながら、自分が生涯をかけて取り組むべき事業を模索していました。
その中で気づいたのは、自分は「0から1」を生み出すタイプではない、ということでした。新しいプロダクトを作り上げ、困難を乗り越えていくには、その領域に対する「狂気的な愛」が必要です。しかし、自分には特定のものに対してそこまでの執着がない。むしろ器用に何でもこなしてしまう「器用貧乏」な側面があり、期間が決まったプロジェクトでキャッチアップして成果を出すコンサルの仕事が、自分の性質に合っていたんです。
ただ「これでいいんだっけ?」と疑問もありました。事業の方向性を決定づけた大きな転機は、2022年に子どもが生まれたことです。
私自身「失われた30年」と呼ばれる経済停滞の時代に育ちました。これまでは、そんな時代にしてしまった上の世代に不満を言える立場でしたが、息子が大人になった時、「日本がこうなっている間、親父たちは何をしていたんだ」と思われたくないという強烈な思いが込み上げてきたのです。自分だけが豊かに暮らすのではなく、次世代に「世界で戦える日本」を残したいと。
そう考えた時、自分の特徴を踏まえて「0→1」ではなく、自分の得意領域である「M&Aや経営改善」のスキルの領域で戦おうと決めました。地方に眠るポテンシャルのある企業を次世代につなぎ、外貨を稼げる産業へと育て上げる。それが、今の自分ができる社会貢献の形だと確信し、現在の事業に至りました。
「花園アレイ」をもっと活用できた・・・?
── 事業規模も大きくなり、現在は花園アレイから別の場所に事務所を移されていますね。振り返ってみて、花園アレイにいたからこそ感じられた価値はありますか?
ここで正直な話をすると、私自身に関しては「もっと花園アレイにいる時間を増やした方がよかったかもしれない」という反省があります。二拠点生活という特性上、実際に花園アレイに行けるのは1〜2週間に1回程度。物理的にその場にいる時間が少なかったため、コミュニティの熱量を自分から生み出したり、どっぷりと浸かったりすることは難しかったのが本音です。コロナ禍が過ぎた今、直接人と会う価値を実感しているからなおさらです。
ただ、たまに顔を出した時に感じる「多様な人が入り混じる実験箱」のような空気感は独特でした。
花園アレイは、特定のビジネス目的だけでマッチングされる場所ではありません。あえて多様な入居者がいるからこそ、通路ですれ違った時に「え、そんなことやってるんですか?」という全く異業種の会話が生まれる。
もし、すぐにビジネスを成立させたい、直結する取引先を見つけたいという「目的志向」が強い方にとっては、少し効率が悪く感じるかもしれません。逆に、偶発性や実験的なプロセスそのものを楽しめたり、価値を感じたりできるフェーズの人には、心地よい刺激になる場所だと思います。
面への投資で、海外から選ばれる地域を
── 最後に、今後の展望をお聞かせください。
まずは軽井沢でのヴィラ事業を垂直立ち上げしつつ、エリアを面で押さえるような投資を進めていきます。同時に、河口湖、白馬、京都といった他のリゾートエリアへの展開も準備中です。
花園アレイでの経験も糧にしながら、地域に眠る価値を世界基準のビジネスへと磨き上げ、次世代に誇れる日本を作っていきたいですね。



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